基 本 理 念

 

 

 

「志」への挑戦

~相互理解からつくる共創社会の実現~

 

 

 

基 本 方 針

 

 

   1.新たな価値を創造し活力ある地域へ

 

   2.意識改革から起こす大きな運動へ

 

   3.地域の未来を創る人材へ

 

   4.世界を感じ未来を描く運動へ

 

   5.組織を活性化させる会員拡大へ


 

 

 

 

 

 

 

理 事 長 所 信

 

  

 

【はじめに】

 

の集まりがまちであり、まちの集まりが国であります。

 

私たちは、中津というまちに暮らしこのまちを形成する「ひと」であります。その一人である以上、家族のことを想い、郷土のことを想い、国のことを想うのは当然のことではないでしょうか。そして、まちを形成する一人の人間として、家族という小さなコミュニティーを形成し、地域や企業を構成していくことにより、中津のまちを成り立たせていることにも気づいていなければいけません。つまり、「ひと」が存在しない限り、日本という国はもちろん、中津のまちも存続することができない尊い存在であると同時に、国やまちの未来を創造する重責を担う存在でもあります。

 

これらを考えた時、私たち一人ひとりに与えられる使命とはなんでしょうか。それは、日々のライフステージにおける課題解決に終わることなく、先輩諸氏がJAYCEEとして郷土のために、各々の良心に従って地域の課題や社会問題への解決に向けて、方策を立案し運動を行い、その歴史を創り上げてきたことに感謝しつつ、郷土の問題を自分事と置き換え、中津のまちをより進化させ、次の世代へと継承させるべく果敢な挑戦を続けていくことではないでしょうか

 

このような使命的課題を踏まえ、中津青年会議所が実践し運動を発信するにあたり、必要不可欠なエネルギーとは誰もが生まれながらにして持つ人間としての尊厳であり、己やまちに対する根本的な自身と誇りともいうべき「自尊心」です。この「自尊心」こそが、私たちに己の役割と国やまちのあり方を自覚させ未来に向けての無限の行動力を生み出す「志」を確立させます。また、私たちは、景気の低迷、急速に進む少子化、人口の減少と高齢化との同時進行などの、近年になっても改善されない解決困難な問題を、誰かのせいにして諦めるのではなく、私たち自身に何ができるかを考え、その主役であることを自覚して、市民や行政・地域団体任せではなくすべての「ひと」たちがボトムアップできる連動運動を実践していきます。そして、当事者意識が漲り「自尊心」に裏付けられた強靭な

 

「志」をもつ人とまちによる相互理解からなる共創社会を実現していきます。

 

 

  

 

【支え合うまち中津の創造】

 

中津市の人口は、1955年の10万3千人をピークに、2010年には8万4千人まで減少し、2040年には7万人まで減少するとされています。私たちは、このような傾向に危機感を持って運動に邁進しなければいけません。

 

今の日本の経済は、高度経済成長後、バブルが崩壊し、かつて失われた10年と言われた1990年代から続く景気低迷が、すでに20年続いており、現在その後の10年に突入しています。その間、経済のグローバル化が進む中、行き過ぎたグローバリズムにより日本の企業が生産の拠点を海外に移行してきたことや、従来からの中央集権的体質が強い政策展開によって、地方の自立化については明確な希望を見出せずにいます。

 

地域の現状を考えたとき、2016年、4月に東九州自動車道の中津~椎田インターチェンジまでの供用開始などの交通インフラ整備が整い、飛躍的に大分北部圏域へのアクセスが向上しました。このアクセス向上によって生み出された広い経済圏との繋がりへの期待と、繋がりによって生じるストロー現象への不安を持ちながら、定住人口や交流人口増加目線でのまちづくりを再考していかなければいけません。そして、中津のまちが県下北部の中心となるために、どのような都市計画を持って発展していくべきか、市民を交えながら考え、さらに、地域資源やブランド力の潜在力を持つ中津の地域を一つの起点とし、行政区を超え、多くの団体とも狭域・広域連携を図る必要があります。

 

この地域だけでも、多く溢れるまちの魅力と隣接する地域の素晴らしい魅力とを線で結ぶ事により、お互いの相乗効果を生み出し、その線をさらに伸ばし面に変える事で、その魅力は無限大にもなっていくと考えます。また、私たちの住み暮らすまちにしかない魅力を最大限に発信しながらも、足りない点は隣接する地域に補っていただくような、広域圏での新たな観光モデルの構築や地域に密着したまちと数多くある企業の共創関係を維持することで、日本中どこにもない地域となり、誇りあるまちへと進化させていくことが、新たなまちの未来像をイメージするためにも必要だと考えます。

 

 

 

【中津から起こすムーブメント】

 

城下町中津は、1587年の黒田官兵衛孝高(よしたか)が中津城を築城したことから始まり、市街地がほぼ完成したのは1600年代中頃とされています。そして、1970年代中頃までは鉄鋼業が盛んな地域でもあり、また1970年代後半からは、自動車関連工場の進出が中心になっている地域でもあります。そして、1984年頃には豊の国テクノポリスの中心都市に指定されるなど、様々な姿を時代に応じて変革させています。実際、中津のまちを見渡してみると、数百年前から続く歴史ある街並みや、一歩郊外へ踏み出せば多くの緑に囲まれた豊かな自然があるなど、地域資源を数え上げればきりがありません。

 

私たちはこのような中津の多くの顔をどれだけ知っているのでしょうか。改めて考えてみるとそのような疑問が沸いてきます。中津青年会議所として、今一度立ち止まり、自らの住み暮らすまちの「現在」(いま)を見つめ直さなければならないのではないでしょうか。

 

歴史を学ぶことは未来を紡ぐための必須条件ですが、同時に「現在」(いま)を知ることもまた、未来を紡ぐための必須条件であると考えます。そして、地域の競争力を高めるためには、地域が自立自活できるストーリーを検証・創出し、ヒト・モノ・カネ・情報の循環を自ら生み出し、あらゆる人たちを巻き込み広域に発信する事業の構築を行っていきます。私たちは、青年会議所の存在価値を高めていきながら、人と人とが共鳴しあうまちを共創していかなければなりません。

 

 

 

【子供の未来創造】

 

近年の社会情勢は、少子化、核家族化、都市化、情報化、国際化など、社会の環境変化を受けており、地縁的なつながりの希薄化、経済性や効率性を過度に重視する価値観、自己中心的な大人の存在などの社会風潮が囁かれています。このような社会状況が、子供の教育環境や子育ての環境を変化させているのも現状です。子供が自立するためには、実現や成功などのプラス体験はもとより、葛藤や挫折などのマイナス体験も含めた心に響く体験が必要不可欠ではないでしょうか。本来教育においては、社会や学校教育の前に、家庭で大人が子に対して自信を身につけさせることが必要です。そして、子に何かを伝えるとき、そこには深い愛情と、自分の生涯をかけて守り抜くという強い信念による実行力が伴ってなければ、大人が子を教育することはできません。子は親の鏡というように、いまの私たちの取る行動すべてがそのまま未来に映し出されるとするならば、その模範として、徳溢れる姿を社会で実践し、子供たちを確かな方向へ導いていかなければなりません。そして、地域の子供を地域で育てていくために、子供と向き合う時間の充実を拡充し、地域全体が次代を担う子供たちを守っていくという気概と覚悟を持たなくてはいけません。また、日本人が本来持っている良心で、忘れられている価値観である「道徳心」を醸成させるために、子供たちへ素直にありがとうと言える「感謝」の想いを芽生えさせることが、責任世代である私たちが果たさなければならない最大

 

の責務と考えます。

 

 

 

【地域のリーダーを考える】

 

 青年会議所会員の多くがそれぞれの企業の中で、マネジメントに携わっていることから、青年会議所はリーダーを育成する団体であるとも言われています。その中で活動をしていると、度々、「リーダー」という言葉を使うことがありますが、果たして我々はリーダーシップの何たるかについてどれだけ知っているのでしょうか?プラトンは、「国家論」において「英知を持ったリーダーが国を治めよ」と語っていたことからも明らかであるように、このテーマは昔より論じられてきたものです。1940年代にいたるまでは、「優れたリーダーに共通した特性がある」という考え方が支配的でありました。しかし、その後リーダーシップに関する議論は加速度的に進み、今や諸子百家の如く細分化され多岐に渡っているのです。ですが、リーダーシップ論は論じる事それ自体が目的となってはいけません。すなわち論じる事だけでなく、現実の人材育成に活かさなければならないし、育成されたリーダーによって実践に移されることで、初めて社会を変革へとつなげ意味を持たせることが出来ます。また、リーダーシップの在り方は人によって様々であり、人を引き付ける者もいれば縁の下から支える者もいます。カリスマで人を魅了するものもいればそっと寄り添うことで、人の心を動かすものもいます。

 

私たちは、これまで多くのリーダーと出会ってきました。こうした方々には、共通した特徴があり、それは、勇気と情熱そして、決断力であります。さらに言い換えるならば逆境を乗り越えて行く心の力を持っている事です。新たな時代に立ち向かっていく今だからこそ、リーダーシップについて再認識し、各人にあったあり方を考える必要があります。

 

そして、実践に根差した本物のリーダーシップの在り方を発信していきます。

 

 

 

【地域から発信する国際交流】

 

企業の商品を売る際に、商品自体の素晴らしさやプレゼンテーションも重要ですが、最も大きな購買動機となるのは口コミであると考えます。この私たちの住むまちの良さを世界に向けて発信してくれるのは誰なのでしょうか。それは実際に中津に住み、その良さを体感した人、又は、近郊に住み私たちの郷土に幾度か訪れたことのある人ほかなりません。まずは、私たちが知ってほしい地域資源や文化、精神性を伝えていくために市内外の留学生たちに、私たちが住む郷土のファンになってもらえる運動を行い中津の魅力を理解してもらいます。そして、在日中の留学生が世界に目を向けて行動している様は、同世代の日本の学生や青年会議所会員にとっても大きな刺激を与え、このつながりを世界と中津を結ぶネットワークとして、グローバルコミュニティの形成へと発展することができれば、世界的な視野で物事を捉える事ができる若者を今から養成することにも繋がります。

 

姉妹JCである晋州青年会議所とは毎年行き来を行っていますが、これはお互いの郷土における歴史や文化の相互理解を深める交流事業であるとともに、互いの魅力を世界に発信し続けることができている交流事業だとも考えられます。時には交流先と国家間において緊張が走る場合もありますが、私たちは、43年間と長きにわたりこれまで先輩たちが培ってきた「永遠の友情」によって、交流を続けることができています。この民間外交によってできた絆を途切れさせないことは、JCIが掲げる「恒久的な世界平和の実現」に向けての一翼を担っているといえます。

 

今後もこの絆を強固なものとするように交流事業を継続し、日本人としての「心」を忘れずに、相手の理解を深めていきます。その心の共有こそが、自分の価値観を押し付ける

 

のではなく、互いに誠意をもって相手を理解する民間外交で重要なことでもあります。

 

 

 

【同志が集う組織づくり】

 

青年会議所は、満40歳に達したら必ず卒業をしなければならない年齢制限制度を有していることにより、絶対に若さを失わず、常に希望に溢れ、未来に向かって前進を続ける団体として活動することができています。青年会議所は世襲経営者のサロンクラブではありませんし、単に社会奉仕を行う団体でもありません。私たちの活動は、よりよき明日をめざして地域社会、日本、世界のために、常に進歩への挑戦を行う、理想と具体的な施策をもった青年指導者の運動なのです。つまり中津青年会議所は、この地域に影響を及ぼすダイナミズムをもった団体でなければ存在意義がないと考えます。そのためには同じ時代を生きる青年に対して、私たち一人ひとりが自らの言葉で、青年会議所活動とは何であるかを語り、一人でも多くの同志を集めることが必要不可欠です。そして、それについて語ること自体が、運動を推進する上で最も重要なことの一つでもあるはずです。諦めること無くあらゆる場面で青年会議所について語る努力を積み重ね続けるということが、組織を活性化させ、運動の更なる挑戦へつなげていきます。

 

 

 

 

 

【戦略的な広報企画から社会への運動発信】

 

昨今FacebookやTwitterなど、世界規模で展開されているソーシャルメディアサービスが手軽に利用できる環境になっていますが、単なる情報を取得する手段が増えただけに留まらず、世界中で新たな人と人との繋がりを生み出す役割も担い、社会が求めるサービスとして確固たる地位を築きつつあります。そして、携帯電話も飛躍的にその性能を高め、情報を取得する私たちにとって大変便利な環境となっています。しかし、利便さと引き換えに、社会全体が本来大切にしなければならないコミュニケーションが疎かになってきているのも事実です。私たちは、新しい企画を取り入れつつも、コミュニケーションの質もしっかり考えていかなければなりません。青年会議所会員向けに発信する情報、市民の皆様へ発信する情報、その情報が明瞭でわかりやすく質の高いものになっているか、確実に伝わる方法を選択しているか、情報の質と、伝わる方法をしっかり考え、実行、検証し、中津青年会議所の運動発信、そして組織内の情報発信を、効果の高いものにしていかなければなりません。

 

 

 

【結びに】

 

「新日本の再建は我々青年の仕事である。」という強い信念と覚悟を持った青年会議所がいつの時代にもありました。あらゆる機会に出会い、たとえ厳しく難しい局面に遭遇しても、あきらめないで果敢に挑み、壁にぶつかりながらも困難や障害を乗り越え突破し、歴史を積み上げてきたからこそ、今日の中津青年会議所は必要とされる組織として存在しているのではないでしょうか。先人たちが為してきたように、我々も処々の問題に向き合い失敗を恐れず、青年の運動を発信しようではありませんか。天才芸術家パブロ・ピカソは「私はいつも自分のできないことをしている。そうすればできるようになるからだ。」と言葉を遺しています。自分たちの力量に合った運動だけを展開していれば、平穏に一年間を送ることができるかもしれません。しかし、そこには自己の成長もありませんし、私たちが暮らすまちや地域の活性化に貢献することはできないでしょう。平穏な毎日の先にあるのは現状維持ではなく、退化することだけです。時代や環境が日々めまぐるしく変わっていく現代に、成長や変化を求めないのであれば、時代についていくことはできません。私たちが、地域のリーダーとなるべく人生の中で最も輝きを放つ青年期に、今しかできない今だからこそできることを全うしようではありませんか、私たちの心の中にある困難や障害などできない壁を乗り越え、すべての現状を突破し、自己の成長のために一路向上すべきです。そして、明るい豊かな光輝くまち中津の創造のために。